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千葉地方裁判所松戸支部 平成4年(ワ)673号 判決

主文

一  被告は、その営業上の施設又は活動に「シャネル」または「シャレル」その他「シャネル」に類似する表示を使用してはならない。

二  被告は原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する平成五年一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

五  この判決は原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、その営業上の施設又は活動に「シャネル」または「シャレル」その他「シャネル」に類似する表示を使用してはならない。

2  被告は原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成五年一月一七日から年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

請求原因(被告の認否は【 】内に記載する。)

一1  原告は、二〇世紀を代表する世界的に著名なデザイナーである【A】(通称【B】)が設立したフランス法人レ パルファム・シャネル(現在の商号はフランス法人シャネル エス アー)が製造・販売する商品その他世界中のシャネル社に関して商標その他知的財産権を有しかつそのライセンス事業を行なうスイス法人である(以下、フランス法人シャネル エス アー及び原告を含む他のシャネル社を総称して「シャネル社」という。)。【不知】

2  シャネルの商標を付した製品は、高級婦人服のみならず、香水、化粧品、ハンドバック、靴、アクセサリー、時計などにわたり、いずれも独創的なデザイン、最高の品質により、世界中で高い信頼を獲得し、いわゆるパリ・オートクチュールの老舗として世界的に知られている。特に、一九二一年に【A】が開発した香水「シャネル五番」は世界的に有名であり、シャネル社の営業表示であり原告の商標でもある「シャネル」という表示(以下「シャネル営業表示」という。)は、シャネル社の営業を示す表示として遅くとも昭和三〇年代の始めには日本においても周知となっていた。【不知】

二1  被告は、肩書住所地において「スナックシャネル」の屋号(以下「本件営業表示」という。)で、飲食店を経営している。【認める。】

2  被告は、平成五年七月に、被告の使用している四枚のスナックシャネルというサインボードのうち一枚を「スナックシャレル」(以下「本件変更後営業表示」という。)に変更したが、残り三枚のサインボードについては現在でもスナックシャネルという表示を使用している。【認める。】

三  被告の右二の各行為(以下「本件各行為」という。)は、現在のようにファッション関連業界を始めとして経営が多角化する傾向にあること及びシャネル営業表示の周知性の高さを考慮すると、一般消費者をして、被告が原告と業務上、経済上または組織上何らかの連携関係を有するものと誤認、混同させるおそれが大きい。【シャネル営業表示の周知性の高さは認め、経営の多角化傾向は知らない。その余の事実は否認する。】

四  被告は、本件各行為をするに際し、シャネル営業表示が日本国内で広く認識されたシャネル社の表示であることを知り、もしくは過失によりこれを知らなかった。【否認する。】

五1  被告の本件各行為は、シャネル社が築きあげたシャネル営業表示の顧客吸引力(一般消費者にシャネル社の商品及び営業を喚起させる働き)を侵害し、その結果、シャネル営業表示の持つ宣伝的機能を希薄にすると同時に、その知的財産権としての価値を減少させ、シャネル社の今後の多角的な営業活動においても重大な障害となるものである。【否認する。】

2  被告の行為により被った原告の損害額は、次のとおりである。【争う。】

(一) 営業上の損害

① 逸失利益  六九三万五六二二円

② 信用損害  八〇〇万円

(二) 弁護士費用  二〇〇万円

六  よって、原告は、被告に対し、不正競争防止法一条一項二号の規定に基づき、被告がその営業上の施設又は活動に「シャネル」または「シャレル」その他「シャネル」に類似する表示を使用することの差止めを求め、かつ、不正競争防止法一条の二第一項または民法七〇九条の規定に基づき、損害金の内金として金一〇〇〇万円及びこれに対する損害発生の日の後である平成五年一月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三理由

一  証拠(甲六ないし九、弁論の全趣旨)によれば、原告がシャネル・グループの商標権その他の知的財産権を有し、その管理の事業をする会社であることが認められる。

二  営業表示の周知性

証拠(甲二、同一一ないし一三、同二九)によれば、シャネル・グループの起源が、【A】が一九一〇年代にパリで帽子店を開店したことに始まること、シャネル・グループに属する企業が製造販売する婦人服は高い評価を獲得しており、シャネル・グループは、オートクチュールの老舗として世界的に知られていること、また、同女が販売を開始した香水「シャネル五番」は世界的に有名であり、特に、日本においては昭和二九年に来日したアメリカの女優【C】の言動からその名が一躍有名になった事実が認められ(甲三)、原告の商号及び商標の主要部分であるシャネル営業表示は、昭和三〇年代の始めには、日本においても周知、顕著であった事実が認められる。

三  類似表示の使用

1  請求原因二1の事実は、当事者間に争いがない。

2  請求原因二1の事実によれば、シャネル営業表示と本件営業表示とは、本件営業表示から「スナック」を除いた部分、すなわち「シャネル」が、原告を含むシャネル社の著名な営業表示であるシャネル営業表示と同一であり、全体として、一般消費者が両表示を類似のものとして受け取るおそれがあることは明らかである。

3  また、シャネル営業表示と本件変更後営業表示とは、本件変更後営業表示から「スナック」を除いた部分、すなわち「シャレル」が、原告を含むシャネル社の著名な営業表示であるシャネル営業表示とが極めて似ており、本件変更後営業表示とシャネル営業表示とは類似している。

即ち、「シャネル」と「シャレル」とは同じく三音節の語で、最初の「シャ」及び最後の「ル」の語が同一であり、中間の一音節が異なるだけである。しかも、中間の語も「ネ」と「レ」という母音「e」を共通にし、音質も歯茎で調音され似通っている。両呼称を一連の音として発音した場合、その語調、語感が極めて似ており、その類似の程度が著しいことは明らかである。

四  混同

不正競争防止法一条一項二号にいわゆる「混同を生ぜしめる行為」には、周知の他人の営業表示と同一又は類似のものを使用する者が、自己と右他人とを同一の営業主体と誤認させる行為のみならず、自己と右他人との間に同一の事業を営むグループに属する関係が存するものと誤信させる行為をも包含し、混同を生ぜしめる行為というためには両者間に競争関係があることを要しないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和五九年五月二九日第三小法廷判決、民集三八巻七号九二〇頁)。

現在、ファッション関連業界を始めとする各企業の経営の多角化は社会的な趨勢であること(甲一五ないし二五)及びシャネル営業表示の周知性の高さや原告と被告の営業表示の近似性等の諸事情を考慮すると、一般消費者が、原告を含むシャネル社と被告が、業務上、経済上あるいは組織上何らかの関係を有するものと誤認・混同するおそれがあり、被告の行為は、原告の営業上の施設又は活動と混同を生じさせる行為に当たるものと認められる。

五  故意又は過失

1  被告が本件営業表示の使用を開始した当時、シャネル営業表示が原告の営業を表示するものとして日本国内において周知であったことは、二で認定したとおりである。また、被告自身も当時シャネルの香水があることは知っていたと供述しており、被告は、シャネル営業表示を使用するに際し、シャネル営業表示が原告の営業であることを示す周知の表示であることを知っていたか少なくとも知らなかったことにつき過失があると認められる。

2  被告は、平成四年三月には、原告から本件営業表示の変更を求められたにもかかわらず(甲二)、これを変更せず、本件訴訟係属中である平成五年七月三〇日に、被告代理人に相談することなく、本件営業表示を本件変更後営業表示に一部変更した(被告)。右経緯からすると、被告が、本件変更後営業表示を使用するに際し、シャネル営業表示が原告の営業であることを示す周知の表示であることを知っていたことは、明らかである。

六  営業上の利益の侵害

1  逸失利益について

(一) 原告は、原告を含む「シャネル」社のシャネル営業表示が不正競争防止法一条一項二号による保護を受け、原告を含む「シャネル」社の独占的使用が認められること、原告が仮に被告にシャネル営業表示の使用を許諾したとすれば、通常使用料は少なく見積っても被告の売上の一〇パーセントであること、被告の昭和五九年一二月から本訴提起までの売上総合計は金六〇六八万六七〇〇円と推定されること、そうすると推定通常使用料の合計は少なくとも金六九三万五六二二円であり、原告には同額の逸失利益が発生したと主張する。

(二) しかし、このような使用料を定めた許諾契約が締結されるのは、一般にその表示を使用することが、使用者の営業に資し、表示の使用と売上の増加が結びついていると考えられるからであって、営業表示の無断使用事件において、営業表示の使用と売上の増加がおよそ結びつかない場合にまで、売上高に一定率を乗じて得られる金額を通常使用料相当額と推定することは不合理である。

(三) 本件における被告の営業は、JR松戸駅東口において面積約九・八坪の店舗(ビル二階)を月額賃料一二万三六〇〇円で賃借し、被告本人及び従業員一、二名程度で、一日に数組足らずの客を相手に営まれている小規模なものである。被告は、店名を積極的に広告、宣伝することはなく、ほとんど固定客を相手に営業を行なっており、また、被告の店舗の外観そのものがおよそ高級というイメージからはほど遠く(甲三四、三五)、「スナックシャネル」という名称により被告スナックに客が訪れたという因果関係は全く認められない(乙八ないし一一、被告)。

このような事実関係のもとでは、被告が、仮にシャネル営業表示の使用を許諾する機会が与えられたとしても、その使用料と顧客吸引力とを比較考慮した場合、原告に使用料を支払ってまで本件表示を使用したとは到底考えられない。

従って、本件において、被告のシャネル営業表示と売上高の増加とは結びついておらず、原告主張のように、本件スナックの売上高に一定率を乗じて得られる金額を通常使用料相当額として、原告の逸失利益を認めるのは不相当であり、原告に具体的な逸失利益が発生したと認めるに足る証拠はない。

2  信用損害について

(一) 原告を含むシャネル社は、シャネル営業表示に対し、長年積み上げてきた社会的信用及び高い評価を有するものである。被告の営業態様からみて、被告が本件営業表示及び本件変更後営業表示を使用したことにより、原告のその高級なイメージを損ない、原告の信用、評価を毀損し、営業上の利益を害した事実が認められる。

(二) この損害は、被告の侵害行為の態様、使用期間、本件スナックの規模、業種等の諸事情を考慮すると、本件の場合は金一五〇万円と認めるのが相当である。

七  弁護士費用

原告の費消した弁護士費用のうち、金五〇万円が被告の不正競争防止法違反行為と相当因果関係にある損害と認められる。

八  以上から、原告の本訴請求は、差止請求及び損害賠償請求のうち金二〇〇万円の支払を求める限度で理由があるので、主文のとおり判決する。

〈編注:原文に裁判官名の記載なし。〉

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